大阪地方裁判所 平成10年(ワ)8332号 判決 2000年8月25日
原告
X1
原告
X2
原告
X3
原告
X4
原告
X5
原告
X6
原告
X7
右原告ら訴訟代理人弁護士
安由美
平方かおる
右原告ら訴訟復代理人弁護士
大橋さゆり
被告
社会福祉法人公共社会福祉事業協会
右代表者理事
A
右訴訟代理人弁護士
北岡満
佐藤潤太
主文
一 被告は原告X1に対し,別表1の未払賃金合計額欄記載の金員及び同表未払額欄記載の各金員に対する各支払日の翌日から支払済に至るまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
二 被告は原告X5に対し,別表5の未払賃金合計額欄及び別表5―2の請求拡張分合計額欄各記載の金員及び同両表未払額欄記載の各金員に対する各支払日の翌日から支払済に至るまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
三 被告は原告X6に対し,別表6の未払賃金合計額欄及び別表6―2の請求拡張分合計額欄各記載の金員及び同両表未払額欄記載の各金員に対する各支払日の翌日から支払済に至るまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
四 被告は原告X7に対し,別表7の未払賃金合計額欄及び別表7―2の請求拡張分合計額欄各記載の金員及び同両表未払額欄記載の各金員に対する各支払日の翌日から支払済に至るまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
五 原告X2,同X3及び同X4の各請求を棄却する。
六 訴訟費用は,被告に生じた費用の7分の3を原告X2,同X3及び同X4の負担とし,原告X1,同X5,同X6及び同X7に生じたものの全部を被告の負担とし,その余は各自の負担とする。
七 この判決は,第一ないし第四項にかぎり,仮に執行することができる。
事実及び理由
第一申立て
一 原告ら
1 主文第一項と同旨。
2 被告は原告X2に対し,別表(略。以下同じ)2の未払賃金合計額欄及び別表2―2の請求拡張分合計額欄各記載の金員及び同両表未払額欄記載の各金員に対する各支払日の翌日から支払済に至るまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
3 被告は原告X3に対し,別表3の未払賃金合計額欄記載の金員及び同表未払額欄記載の各金員に対する各支払日の翌日から支払済に至るまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
4 被告は原告X4に対し,別表4の未払賃金合計額欄記載の金員及び同表未払額欄記載の各金員に対する各支払日の翌日から支払済に至るまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
5 主文第二項と同旨。
6 主文第三項と同旨。
7 主文第四項と同旨。
8 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二 被告
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第二事案の概要
原告らが,被告が原告らの勤務した保育園の経営を引き継ぐについて,原告らの労働条件をもそのまま引き継いだとして,右労働条件によって算出される手当の額と現実に支払われた額の差額の支払を求める事案である。
一 争いがない事実等
1 当事者
(一) 被告は,地域における総合的な福祉サービスの提供を目的とした母子寮,保育所の受託経営,設置経営を行うことを目的として平成6年4月1日に設立された社会福祉法人であり(<証拠略>),東大阪市立母子寮の受託経営,a保育所の設置経営,b保育所及びc保育所の受託経営を行っている。
(二) 原告X1,同X2,同X4及び同X5の4名はa保育所に勤務する保母,原告X6は同保育所に勤務する給食調理員,原告X3はb保育所に勤務する保母,原告X7はc保育所に勤務する保母である(以下,原告らにつき,氏のみで表示する。)。
原告X1は平成5年4月1日に,原告X2は平成4年4月1日に,原告X3は昭和60年4月1日に,原告X4は昭和60年4月1日に,原告X5は昭和56年4月1日に,原告X6は昭和49年10月1日に,原告X7は昭和51年4月1日に,それぞれa保育所を経営する東大阪市公共社会福祉事業協会(以下「旧協会」という。)に採用され,右保育所において勤務してきた。但し,人事異動により,原告X3は平成9年4月1日からb保育所において,原告X7は平成10年4月1日からc保育所においてそれぞれ勤務している。
右a保育所には労働組合である連合大阪地方ユニオン大阪地域合同労組(以下「組合」という。)a保育所分会(以下「分会」という。)があり,原告らはいずれも右組合の組合員である。
(三) a保育所は,昭和29年9月,大阪府が設立したものであり,大阪府は,その経営を当時の布施市公共社会福祉事業協会に委託した。布施市公共社会福祉事業協会は,昭和42年2月,布施市,河内市,枚岡市が合併して東大阪市となったことに伴い,旧協会となった。そして,旧協会は,その後も,大阪府から委託を受けて,同保育所の経営を行っていたが,大阪府が,昭和51年2月に新たな園舎が竣工した際に,同年7月,新園舎を東大阪市に無償譲渡したことから,保育所の経営は,東大阪市の委託により旧協会が行うこととなった。
2 原告らと被告との雇用契約の内容
(一) 原告らと旧協会との雇用契約における賃金については,昭和61年より後は東大阪市職員の賃金規定に準拠してきたが,その内容のうち,本件に関する部分は次のとおりである。すなわち,毎月の賃金として本俸の他に支給されることになっている諸手当(調整手当,扶養手当,特業手当,超過勤務手当等)のうち,特に,通勤手当,扶養手当,住宅手当については次のとおり支給されることになっている(以下「旧基準」という。)。
(1) 通勤手当 実費全額を支給する。
(2) 扶養手当 被扶養者が配偶者の場合は1万6000円,18歳未満の子あるいは60歳以上の父母の場合は1人につき5500円
(3) 住宅手当 賃貸住宅に居住している場合,一定額を支給する。
(二) 東大阪市は,平成6年1月5日,a保育所を社会福祉法人として設立することを庁議で決定し,平成6年4月1日,被告が設立された。そして,被告は,同日,旧協会からその事業すなわち右a保育所の経営の譲渡を受けた。
(三) 右a保育所の事業譲渡に当たり,同年1月27日ころ,当時のB児童部次長がa保育所に赴き,職員に法人化の説明を行った。その後,原告らにおいて,同年2月3日,労働組合を結成し,団体交渉を求めたことから,被告と組合及び分会との間で,数次の交渉がなされ,同年3月31日,「1 労働基準法,労働組合法を遵守する。2 労働条件変更については,事前に組合との協議の上実施する。3 現行労働条件及び労働慣行を当分の間遵守するものとし,新法人の就業規則ならびに給与規則等については,組合と充分協議し3か月程度をもって策定し決定する。4 上記3項を合意の上,協定書を交わし,新法人移行を了解する。」との協定(以下「本件協定」という。)が成立した。そこで,同年4月1日,被告が設立され,原告らは,同日から被告の従業員となった。
(四) 被告は,その設立に伴い,新たな就業規則及び給与規則(以下「新給与規則」という。)を設けたが,原告らに対する関係では,これを適用せず,原告らに対しては,旧協会当時の基準に従った賃金が支払われてきた。その後,平成7年4月1日からは,本俸については,新給与規定による大阪府民間社会福祉施設職員給与改善費補助金交付要綱に基づく給与表(以下「民間給与表」という。)の適用に組合及び原告らが同意したことから,これが適用されてきたが,諸手当については,原告らは,新給与規定の適用に承諾せず,そのため,平成8年3月31日までは,旧協会当時の旧基準に従った賃金が支払われてきた。すなわち,原告X1,同X2,同X4及び同X5については交通費として実費全額の,原告X3及び同X7については右に加えてそれぞれ所定の扶養手当を,原告X6については住宅手当の支給をそれぞれ受けてきた。
3 未払額(請求拡張前分)
被告は,平成8年4月1日以降,原告らに対する右手当について,次の基準を超える部分の支給を打ち切り,給与規定により支給するようになったが,従前との差額は,別表1ないし7(枝番を除く。)記載のとおりの金額となる(ただし,被告は,原告X5の平成9年1月から同年4月については,変更届出が同年4月21日であるから同月までの通勤手当は従前どおりであると主張する。)。
(一) 通勤手当について
(1) 平成9年5月まで
実費の内,1万円までは全額支給
1万円を越える部分については半額支給。但し,最高支給限度額は2万円とする。
(2) 平成9年6月以降
実費の内,1万5000円までは全額支給
1万5000円を越える部分については半額支給。但し,最高支給限度額は2万5000円とする
(二) 扶養手当について
被扶養者が配偶者の場合,5000円
被扶養者が18歳未満の第1子,第2子の場合それぞれ2000円ずつ
被扶養者が右以外の場合,1人当たり700円とする。
(三) 住宅手当について
原告X6は平成8年3月分までは1か月につき,1万5000円の支給を受ける契約により同額の支給を受けていたが,平成8年4月1日以降は1か月8000円の支給しか受けていない。
4 未払額(請求拡張後分)
(一) 通勤手当について
(1) 被告は,本件訴訟提起後である平成11年4月,次のとおり通勤手当規定の改定を行った。
実費のうち,3万円までは全額支給。3万円を超える部分については半額支給。但し,最高支給限度額は4万円とする。
(2) 原告X5は,平成11年4月1日をもってb保育所に配置転換され,通勤に要する交通費月額(実費)は,3万8345円となった。
(3) 原告X2,同X5,同X7の本件訴訟提起後現在までの通勤手当の旧基準による金額と現実に支給された金額の差額はそれぞれ別表2―2,別表5―2,別表7―2(交通費分)のとおりである。
(二) 扶養手当について
(1) 被告は,本件訴訟提起後である平成11年4月,次のとおり扶養手当規定の改定を行った。
被扶養者が配偶者,18歳未満の第1子,第2子以外の場合,1人あたり2000円とする。
(2) 原告X7の本件訴訟提起後現在までの扶養手当の旧基準による金額と現実に支給された金額の差額は別表7―2(扶養手当分)のとおりである。
(三) 住宅手当について
原告X6の本件訴訟提起後現在までの住宅手当の旧基準による金額と現実に支給された金額の差額は別表6―2のとおりである。
なお,原告X6は平成11年3月末日をもって退職している。
第三争点
一 被告が,原告らと旧協会の雇用契約を従前の内容のまま承継したかどうか。
二 被告が右雇用契約を承継していたとしても,これを一方的に変更することに合理性があるかどうか。
三 自家用自動車による通勤における通勤手当の支給基準
第四争点に関する主張
一 争点一について
1 原告ら
(一) a保育所の経営主体が,旧協会から被告に変更となったが,これは,単に任意団体であった旧協会が法人格を取得して社会福祉法人となっただけであり,前後において,組織経営内容,経営実態等のいずれについても何ら変更はなく,実質的な経営主体は同一である。
(1) すなわち,まず,旧協会においては,その代表者は歴代の東大阪市長がその職に就いており,その経営の実務は,東大阪市児童部の職員が同協会事務局を構成して行っていた。そして,被告となってからは,法人としての建前上,理事会を設置した模様であるが,代表者は,従前と変わらず東大阪市長であるし,経営の実務も従前どおり,東大阪市児童部の職員が事務局として行っているのである。また,従業員である原告ら保母や調理員に対する指揮命令系続についても何ら変更はない。
(2) さらに,法人化の前後を通じて,経営内容,経営実態についても何ら変更はない。すなわち,その経営するa保育所における保育方針,保育行事等の保育内容,クラスの名称,制服,保育所の看板,保育設備その他一切が法人化の前後において何ら変更なくそのままの状態で運営されており,従業員についても,法人化の前に勤務していた従業員は全員が法人化後も引き続き勤務していたのである。
(3) また,a保育所の経営主体が,被告に変更となるに際して,原告らが,旧協会から解雇されて新たに被告に雇い入れられたという事実はない。事前にそのような説明を受けたことはないし,退職金の清算支払を受けたことも,改めて雇用契約を締結しなおした事実もない。
(二) 仮に,旧協会と被告に同一性がなく,被告が事業譲渡を受けたものであるとしても,単に経営主体の交代を意味するがごとき事業譲渡の場合には,特段の事情がない限り,従前の労働契約関係は当然に新経営主体に承継されたものというべきである。
2 被告
旧協会が経営したa保育所は大阪府及び東大阪市の補助金に大きく依存して経営されてきたが,東大阪市においては,最近の税収の落ち込みなどにより,行財政改革の必要に迫られ,保育所等について,法人化し,独立採算制へ移行することが検討され,その行財政改革の一環として,被告が,新たに設立された。そして,被告は,順次,b保育所,c保育所等も運営して行くことが予定されており,旧協会とは別の法人格を持つ法人である。そこで,被告は,右協会から事業譲渡を受けたが,その際,原告らと右協会との雇用契約は終了し,原告らは被告に新たに雇用されたものである。被告は,原告らと旧協会との雇用契約を承継していない。このことは,東大阪市の当時のB児童部次長が,同年1月27日ころ,原告らに対し,職員については,退職金を精算支払し,改めて契約することになると説明したことから原告らも承知していたことである。
原告らの雇用条件については,被告において同年4月1日付けで作成した就業規則及び新給与規則に準拠すべきであったが,暫定的措置として,当分の間,従前のままとし,労働組合との協議を経て,その上に立って条件の変更をすることとなったものである。
二 争点二について
1 被告
(一) 被告の経営は,大阪府からの補助金,東大阪市からの補助金に大きく依存しており,一方,支出については,法人化した後の平成9年度についても,その75パーセント以上は人件費である。東大阪市の市立保育所は16である(b保育所・c保育所を含め)が,東大阪市の財政状態からしては,到底,従前のような負担を継続していくことはできないため,東大阪市としての行財政改革の一環として,市立保育所の経営については,前述のとおりこれを順次,新規法人としての被告に委託して行き,将来の独立採算を目指すこととなったものである。この財政状態の窮迫は,大阪府についても同様である。
被告は,労働組合と話し合い,暫定的な措置として,当分の間,従前のままとしたが,右の財政状況からすれば,このまま従前の賃金手当を支払うことは困難である。
被告は,労働組合との協議を続け,給与については,平成7年4月から新給与規則に拠ることとなったのであるが,諸手当については,未だ合意に達していないものである。しかし,被告は,労働組合との交渉の過程において,繰り返し,諸手当については,平成8年4月1日以降,新給与規則に拠ることを説明し,十分に説明の義務を尽くしてきているところである。
(二) 被告の新給与規則による通勤手当,住居(ママ)手当,扶養手当は,現在の東大阪市における被告以外の民間保育園の諸手当と対比して,相当であり,特に劣るものではない。
(1) 通勤手当
民間保育園では,多くは手当を支給していない。手当を支給しているところでも最大月額2万円までが殆どであって,2万5000円を支給しているところが例外的に2か所あるだけである。原告X5が要求するような月額3万8320円を支払っているところは皆無である。現在の被告の基準は,他と比べて何ら遜色はなく合理的なものである。原告X5の要求こそ経営の実態を無視して徒に既得権を主張するものという他ない。
(2) 住居(ママ)手当
民間保育園では,手当を支給していないか,手当を支給しているところでも最大月額1万円までである。原告X6が要求するような月額1万5000円を支払っているところは皆無である。現在の被告の基準は,他の民間保育所と比べて何ら遜色はなく合理的なものである。
(3) 扶養手当
扶養手当について民間保育園では,第1子,第2子について平均すると2073円となっている。従って,現在の被告の2000円という被告の基準は,他と比べて特に劣っているというものではない。
(三) 以上からすれば,暫定的な措置を変更することに合理的な理由があり,手続的にも問題はない。
2 原告ら
(一) 被告の主張は,一般的に大阪府及び東大阪市の財政が苦しいと述べているだけであり,何故,交通費を含む諸手当までカットしなければならないのかの必要性はまったく明らかでない。本件においては,諸手当カットの前年に本棒(ママ)の計算についてのみ新給与規則によることを組合と被告との間で合意しており,これにより,被告は,将来的に大幅な経費削減を実現したのであり,仮に,被告が述べる労働条件の引き下げの必要性が存在するとしても,これにより目的は達成されたというべきである。また,被告の人件費は,平成6年度から平成9年度にかけて毎年減少している。そして,今後も,人件費が減り続けていくことが予想される。このような状況の中,何故,あえて実費を含む諸手当までカットしなければならないのか,その必要性が明らかでない。
(二) また,減額の合理性もない。被告は,新給与規則による交通費等の諸手当が他の民間保育園における支給基準と比べても相当であると主張するが,本末転倒も甚だしい主張といわざるをえない。労働条件の変更について合理性があるかどうかは,その目的との関連で論じられるべきものであり,目的との関連なく,他の者がどのような水準にあるのかどうかを論ずることには何の意味もない。被告の主張は,ただ単に周囲が低い基準にあるのであれば,それに合わせるべきだ,と言っているにすぎない。
さらに,被告の引用する他の民間保育園における支給基準の主張自体,各保育園における従業員の通勤条件等具体的な条件を一切捨象して金額のみを強調したものであり,いわば金額のみを被告の主張に都合よく摺り合わせた主張であって到底容認できない。ただ単に,何の根拠もなく,他の民間保育園に合わせろと言っているにすぎない。
(三) 次に,被告は,誠実に労働組合と交渉してきたと主張しているが,その中で,原告らを含めて在職者全員に対し,従前の給与表から民間給与表への移行が議題となったが,このときに被告から説明されたのは,本俸に関して民間給与表へ切り替えることについてであったし,しかも,必要性,合理性についての被告の説明は,一般論としての財政的困難の域を出るものではなかった。本件の争点は,諸手当のカットの可否であり,問題は,本俸を将来的に減少させるだけにとどまらず,諸手当についても減少させる必要性について説明したのかどうか,また,したとすればどのように説明したのかであるが,これについては全く説明されていない。原告らは,平成7年3月15日の団交において,やむなく,民間給与表への移行は同意したが,新給与規則全体の受け入れを了承したわけではない。しかるに,その翌月の4月の給料においては諸手当についても新給与表の適用を受けた金額が振り込まれたため,原告らは,被告に抗議したところ,被告は誤りを認めてその措置を撤回して翌月不足分を支給した。その後,諸手当について何の協議もなされないまま推移したところ,平成8年4月の給料を受け取ると,諸手当の金額が減らされていることに気がつき,非常に驚いた次第で,事前に交渉したという事実はない。
(四) 以上から,本件各手当の減額は何ら合理性がなく,効力を生じないものである。
三 争点三について
1 被告
通勤手当について,車で通勤する場合については,原告らの通勤手当の算定について平成6年3月31日まで準拠してきた東大阪市職員給与条例第27条3項では「第1項第2号に掲げる職員(通勤のため自転車等を利用することを常例とする職員)に支給する通勤手当の月額は,通勤距離が2キロメートル未満である職員については1000円,2キロメートル以上5キロメートル未満である職員については2000円,5キロメートル以上10キロメートル未満である職員については4100円,10キロメートル以上15キロメートル未満である職員については6500円,15キロメートル以上20キロメートル未満である職員については8900円,20キロメートル以上25キロメートル未満である職員については1万1300円,25キロメートル以上30キロメートル未満である職員については1万3700円,30キロメートル以上35キロメートル未満である職員については1万6100円,35キロメートル以上40キロメートル未満である職員については1万8500円,40キロメートル以上である職員については2万0900円とする。」とされている。
従って,原告らに支給される手当について,右市条例に準拠して支給したとする場合,車で通勤することが常例であった次の3名の原告については夫々の金額について,次の限度において過払いとなっている,したがって,右3名については通勤手当の未払額は存在しないし,過払分については,原告らの他の請求部分と対当額にて相殺する。
(一) 原告X2について,
通勤距離が12キロメートルなので,市の基準では月6500円であり,平成8年4月から平成10年7月までの間で,21万7645円過払いとなる。
(二) 原告X3について,
通勤距離が8.6キロメートルなので,市の基準では月4100円であり,平成8年4月から平成9年5月までの間で,11万9730円過払いとなる。
(三) 原告X4について,
通勤距離が15.9キロメートルなので,市の基準では月8900円であり,平成8年4月から平成9年5月までの間で,3万9950円過払いとなる。
2 原告ら
原告X2,同X3,同X4についての過払いの事実の主張は否認する。
原告らと被告との雇用契約における通勤手当については,実費全額が支給されることになっていたものであり,その実費とは,自動車通勤の場合でもその者が公共の交通機関を利用した場合に要する実費である。
第五判断
一 争点一について
1 (証拠・人証略),原告X5本人尋問の結果によれば,次のとおり認めることができる。
(一) 争いがない事実欄に述べたように,旧協会は,大阪府から委託を受け,次いで,東大阪市の委託を受けて,a保育所の経営を行ってきた。旧協会の役員,東大阪市長,助役など東大阪市の職員6名によって構成され,右市長が代表する法人格のない任意団体であり,保育所の経営は,東大阪市児童部の職員が事務局を構成して行っていた。ただし,a保育所の職員は東大阪市の職員ではなく,旧協会が雇用した者であった。
(二) しかるところ,いわゆるバブル経済の崩壊後,東大阪市は,税収の落ち込みが激しく,行財政改革の必要に迫られたことから,平成6年1月6日,その行財政改革の一環として,東大阪市立保育所の運営を順次,新規設立の法人に委託していくとの方針を,庁議(ママ)よって決定した。
(三) 東大阪市は,右の方針に基づき,同年1月27日ころ,当時のB児童部次長において,原告らに対し,a保育所の経営主体が,新規設立の被告に変更となることの説明を行った。これに対し,原告らは,労働組合を結成し,組合及び分会において,平成6年2月3日,団体交渉を申入れるに至った。そして,同月9日,保育室長等との団体交渉が行われ,労働条件の変更については,事前に組合と協議し,同意の上で実施する等の事項が確認された。その後,東大阪市側において,右確認について権限がなかったとして撤回を申し入れ,そのため交渉は紛糾することになったが,同年3月31日,組合委員長C,分会長X6,旧協会長D,東大阪市児童部長Eとの間で,本件協定が成立した。
(四) 右協定の成立を受けて,同年4月1日,新規法人として被告が設立され,a保育所が,旧協会から被告に事業譲渡された。被告の役員構成は,理事が10人で,設立当初は,内4人が東大阪市の職員であるものの他の6人は民間人で,理事長は理事の互選によるものとされ,東大阪市長が選出された。被告においては,その後,東大阪市の前記方針に則って,b保育所(平成6年4月から),c保育所(平成10年4月から)が市立保育所のままで,その運営が被告に委託されるに至っている。なお,経営の実務は従前どおり,東大阪市児童部の職員が事務局として行っている。a保育所の経営内容,経営実態については,被告経営となったことによって特段の変更はない。
(五) a保育所が被告の経営となるに当たって,原告らが,旧協会から解雇されて改めて雇用契約を締結しなおしたということはなく,旧協会による退職金の支払もされていない。
2 右事実によれば,法人化の前後を通じて,経営内容,経営実態について何ら変更がないとしても,旧協会と被告が別の法主体であることは明らかであるし,そうであれば,旧協会が行っていた保育所経営を被告が引き継いだのは事業譲渡によるものといわざるを得ない。しかしながら,右認定事実からすると事業譲渡に当たって,被告は,原告らを新たに雇用したとはいえず,旧協会と原告らとの雇用関係をも譲渡を受けて承継したものというべきである。本件協定からいっても,事業譲渡に当たっては,将来の変更の余地を残しているものの,従来の労働条件をそのまま承継したものといわなければならない。
二 争点二について
1 被告は,原告らに対し,平成8年4月から手当においても新給与規則を適用したのであるが,その内容は従来の労働条件を不利益に変更するものであることは明らかであるところ,新給与規定の適用については,本件協定における従前の労働条件の適用について当分の間との限定があるとしても,雇用契約自体は,旧協会との契約を引き継いだものであるから,これを一方的に変更できるものではなく,その変更には合理的理由が必要である。
2 そこで,まず,変更の必要性についてみるに,被告は,その経営が,大阪府及び東大阪市からの補助金に大きく依存しており,一方,支出については,法人化した後の平成9年度についても,その75パーセント以上は人件費であり,東大阪市及び大阪府の財政状態からして,到底,従前のような負担を継続していくことはできず,被告としても,経費の節減に努める必要があり,人件費の削減が急務であると主張するところ,その必要性自体は,概ねこれを肯定できるのであるが,ただ,本件で問題となっているのは,通勤手当,扶養手当,住宅手当であって,その額は,被告にとってみれば大きな額ではなく,人件費の削減にさほど貢献する額ではない。新給与規則による通勤手当,住居(ママ)手当,扶養手当は,東大阪市における被告以外の民間保育園の諸手当と対比して,特に劣るものではないことも,概ね被告主張のとおりであるが,かといって,従前のこれら手当の額が不当に高額であったというものでもない。そして,それらの額は被告にとっては,前述のとおり大きな額ではないとしても,いわゆる実費を含む上,労働者にとっては,少なくない額であり,(証拠略),原告X5本人尋問の結果によれば,原告らは,平成7年4月に,新給与規則の基本給部分の適用に応じ,これによって生涯賃金は大幅に減少することになったもので,このうえさらなる賃金減額に応じたくないという気持ちは理解できる。これらによれば,被告の新給与規則の諸手当部分の原告らへの適用は,未だ合理性を有しないというべきであり,原告らへの諸手当の減額は効力を有しない。
3 なお,被告は,原告X5の平成9年1月から同年4月については,変更届出が同年4月21日であるから同月までの通勤手当は従前どおりであると主張するが,金額変更の理由が,平成9年1月の運賃値上げによるものであるうえ,通勤手当の変更が変更届の後に限られることの根拠について主張立証されていない。
三 争点三について
1 (証拠略),弁論の全趣旨によれば,原告X2,同X3及び同X4は,自家用自動車によって通勤していたことが認められる。通勤手当は,労働者が通勤のために要した費用の全部又は一部を使用者が補填するための賃金であり,従前旧協会が準拠していた東大阪市職員条例においても,交通機関を利用した場合の通勤手当と自転車や自家用自動車を利用した場合とでは,規定を異にしていたのであるから,自家用自動車によって通勤しながら,交通機関によって通勤した場合の通勤手当の支給を受け得る理由はない。そうであれば,右原告らは,自家用自動車によって通勤したことによる通勤手当と現実に受領した通勤手当との差額については,その過払いを受けていたものというべきであるから,被告は,これを相殺処理することができる。
2 (証拠略),弁論の全趣旨によれば,通勤手当について,東大阪市職員給与条例に準拠して支給されてきたことが認められ,同条例第27条3項は被告主張のとおりであることが認められる。そして,前掲(証拠略)によれば,原告X2については,通勤距離が12キロメートルであり,右条例では月6500円であること,原告X3については,通勤距離が8.6キロメートルであり,右条例では月4100円であること,原告X4については,通勤距離が15.9キロメートルであり,右条例では月8900円であることが認められる。そうであれば,右各原告らの通勤手当の未払額はこれを認めることができないし,原告X3の各月の扶養手当未払額は,各月の通勤手当過払い額より少ないので,相殺によって,その未払額を認めることはできない。
四 結論
以上により,原告X1,同X5,同X6及び同X7について,その請求を認容し,その余の原告については,これを棄却して主文のとおり判決する。
(裁判官 松本哲泓)
別紙 <省略>